ワタシ的、潜在意識のぬりかえ方

さて、こんにちわ。

なんだか今年はやる気スイッチが入っていて、新年1月も後半、

新たなる目標がポンっ!と降ってきたワタシ。

 

その“ポン”と降ってきた目標とゆーのが、ここ数ヶ月の自分の流れから見ても

「おぉぉぉぉ、このタイミングでこーゆーの来るんかい、グッドねー、タイミング秀逸すぎやしないかい」

といった感じなのです。

 

そーいやここのブログ、大きなテーマは『emaのゆるゆる自然派的生活』(⌒♪)

的なモノで考えていたので、具体的にちょっと深掘りしておこうと思うんだけど

 

2021・3

コロナを通して自分の価値観が世紀末(ワードチョイス合ってるのかは知らん)レベルで揺さぶられて、世界の見え方が変わる

元々、徐々に移行していた自然派的生活へどんどんと、いけいけゴーゴー状態

資本主義とはなにかしら?

モノの価値とは、お金の価値とは何かしら?

そもそも、もーお金って価値観必要かしら?

と思い始め、世の中的に高価=良いものの価値観は自分の中で完全に崩壊し、

自分の価値観を通して良いモノであれば、高い/安いのお金の基準など関係なく、“ワタシにとってのさいこー!ワタシにとっての良いモノ!”となる。

よって、お金ってなにかねー・・・としっくり来ない状態が続く

新年があけまして、おめでとう。

のタイミングで、

なんと!保育園送り迎えの道にある車屋さんにボルボ240ワゴンが!並んだのですよっっっ!!!なんつーーーこった!

(私は中学生の頃からボルボに憧れていて、いつか乗ってやる!と思って免許はマニュアルで取りました)

乗りたい色とは違うんだけど、値段ついて売られてるボルボを見たことで何かがムクムクと動き出したんだよねー。

とゆーことで、目標ポン!

自分の稼ぎ(フリーランス)でローンでボルボを買いたい。

ボルボに乗りたい。

ボルボに乗るまで死ねない。

 

そんな感じです。

車とゆー俗世の物質への欲がリアルになったことで、ちょっとわけわかんなくなってた金銭に対しての感覚が新たな感覚で戻ってきたとゆーかね。

 

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こちらが愛しのボルボ240ワゴンちゃん。

画像の車体カラーもしくはサイド木目入ってるのに乗りたい。

うつくしーマジで生まれた時代間違えたと日々感じている。昭和を愛してやまない女です。

あ、車内は木調がいい。

 

 

\ちなみに今ワタシ、開業届は出してるものの完全準備中なので実質専業主婦、自分名義の収入ゼロ女です/

 

 

が、

ボルボにはねー

意地でも自分の稼ぎで乗りたいから

自分名義のローンが組みたい(ハングリー精神はないので、月2万10年ローンとかが良い。しっかし古い車は維持費かかりそーよねー。その辺は甘えよ・・ごにょごにょ)

 

と、盛り上がって

働くとは?金銭を稼ぐとは?

自分はどんな風に金銭をいただく労働したいのか?などなどを考えながら、

全くの、金銭につながらない、ただ自分がたのしんでるだけのこのブログとゆーものをつらつらと綴っております。

 

 

 

あー、やばい。タイトルと全然違う話になってしまった。

最後にちょっとボルボに潜在意識的話を絡めてみると、ワタシはボルボに憧れても自分は乗れる人間ではないと思ってたからリアルに乗る事を目指してはいなかった。いつか乗りたいと夢見つつも、多分乗らずに遠くから眺めて終わるんだろなーと思ってたんだけど。

そんなところから、

いや、乗ったる!!!憧れや夢じゃなくて、目標にしてやるんで!!!!となったんだよなーとゆー感じ。

 

潜在意識的話、またシーユーネクストタイム。

あぁ、なんで、

車も建物も生活もあんなに可愛かった時代があるのに、なんでなんでこんなにも一掃されてしまったの。

 

ではでは。